でるふと皿大きい波、小さい波・・・・・・入稿の波の中でアップアップしているakko@ライター稼業です。
でも、やっぱり行こう! と、フェルメールを見に上野の東京都美術館に行ってしまいました。
展示室に入ると、信じられないくらい狭い通路に人がぎゅっと詰まっていました。入れたのはラッキーだけど、この密度はなんとも息苦しくて。。。息子を連れて来なくてよかった。いえ、「もう、フェルメールがこんなに日本にやってくることなんてないんだから、行かなきゃだめ!」と下の息子10歳を誘ったのですが、「やだ、絶対、やだ!」と、涙ながらに言い捨てて、友達と卓球へ行ってしまったのでした。来てたら間違いなく窒息してたな。。。ホッ。

このように時間がないときの私の展覧会の見方は、「とにかく見る絵を絞る」。
ファブリティウスやホーホの作品は徹底して見ません。見るとフェルメールが薄まるという考え。頭のキャパが小さいこともあり。これまでフェイラデルフィアとルーブルでフェルメールを見てきましたが、実際、シックな色合いだった、光がすごかった、くらいの印象でしか残っていませんもの。あとは画集でおさらいした記憶です。

目指すフェルメールは2階。全部で7点です。
心を打たれたのは、「ディアナとニンフたち」。女たちの絵です。ディアナは月の女神で、その頭部にカチューシャのようにつけられた三日月の王冠が、まるで本当の月の光を放っているみたいにほのかに光っていてうっとりとしました。インドでは月の女神はラクシュミ。インドに行ったとき、女神のように美しいラクシュミという名の女の子に出会ったから。だから、この絵に注目したのは、絵が素晴らしいとか、価値があるからということとは無縁で、極私的な行動なんです。でも、絵を見るのにきまりなんてないわけだから、それでいいのかなって思っています。

7つの絵をさらりと見て、2度、3度、「ディアナ」を見に戻りました。ニンフたちが深いピンクや錆びたオレンジ、光沢のある臙脂の、彩り豊かなドレスをまとっているのに反して、ディアナはシックなベージュ。絹のシフォンのような薄絹のドレス。ハイウエストのリボンも少し濃いベージュ。それはきっとフェルメールの感じた月の色なのでしょう。シックで清らかで綺麗でした。
絵の中には毛足の短いブチの犬がたたずんでいます。
ディアナは足をスポンジのようなもので洗ってもらっています。当時は海綿でしょうか?
そして私がもっとも注目したのは、洗い水を汲んである深皿。リムの部分だけが白くて盛り付け面と縁がゴールドの皿。美しいなぁ。

愛用しているお皿に、ぎゃるり百草の安藤雅信氏の「オランダ皿」があります。安藤さんは、フェルメールの時代のデルフトの白に魅せられ、それを再現したかったのだとおっしゃっていました。デルフトはブルーの絵付けも多いのですが、白のニュアンスは、また格別。
そう、私の印象では、陶器なのだけど、硬質な石の雰囲気もあり、でも、人が手を加え、熱を加えて焼きあげた温かみがある。そんな感じ、かな。

かつてデルフトは陶器の町でしたが、人々は陶器を作り、使い、そして川に捨てた。だから今もデルフトの陶器には古物屋さんで出会うことができるのだそう。川の底で醸成された肌合いだったりするんだろうか。

金継ぎそんなお話を聞いているうちに、安藤さんが、「オランダ皿」を完成させるまでにいつくか焼いた試作品を見せてくださって、なんとこんな私にくださいました。感激。。
焼きあがったときに亀裂が入ったものを丁寧に金継ぎしてある、なんとも存在感のある美しいたたずまい。
この皿には、いまだ何も盛りつけたことはありません。
静かにそこにある。そういう存在です。

ディアナの絵に描かれた皿に感動した私は、ついでに「ワイングラスを持つ娘」のワイングラスをじっくり見ようと思って移動しました。この絵の前には、ディアナの3倍の人が群がっていて、最前列に行くのに勇気が必要でした。
三角形のワイングラスで、黄金色の液体が注がれていました。娘は短いステムの底の部分を掴むという、ちょっと珍しい持ち方をしています。

小さな女の子を連れて見にきたお母さんが
「ワイングラス、みた?」とお嬢さんに聞きました。
母親の情熱に応え、この絵を全身で受け止めねば、と思っているらしい女の子は、
「うん、見てるよ。髪の毛がワインに入りそうだよ」
と言いました。
うん、確かに、絵の中で少女に向ってかがみこんでいるオジサンの長い髪の毛がワインに入りそうだねぇ。子どもの視点って鋭いなぁ。。。



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