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今朝、『凍』を読み終えた。

ネパールと中国国境沿いにあるギャチュンカン(標高7952メートル)。前人未到の北壁に挑んだ山野井夫妻の足跡を辿るノンフィクション。
降りしきる雪の中で、屹立する岩壁を登り、泰史は、妙子が7500メートルのビバーク地点で待つ中、単独で頂にたどりつく。だが、過酷だったのは雪崩の応酬の中での下山だった……。

彼らの9日間は、この本を読むことでしかわからない。ダイジェストで説明してしまったら、それはぜんぜん別物になるだろう。
沢木耕太郎の飾り気のない乾いた筆致がありがたかった。どんな修辞もこのふたりが体験したことの前では委縮するだろうから。

この登攀で彼らは致命的な凍傷を負う。クライマーにとって大切な手足の指の大半がやられて切断しなくてはならなかった。

でも、そのことは、彼らにとっては結果ではない。山に挑むという人生の、道の途中のできごとでしなかない。

その入院中のベッドで腹筋を開始する。
そしてもう一度、今あるからだで初歩からスキルを磨き、近くの御前山から始め、また登る。登ってみたいと思う岩壁の写真を携え、どこにあるかをつきとめ、そして登る。
ギャチュンカンのあと、山野井はポタラ峰北壁の初登頂に成功している。


再び歩き始めること。
それは思ったよりもエネルギーを必要とするものだ。
もういいのではないか、ここまでやったのだから、と思ったら足は一歩も動かなくなる。

WAFのキックオフイベントを終えて、たくさんの人に来てもらって、メディアにも取り上げてもらって、多くの人たちのおかげでそれは満足のいくものだった。なによりも、200枚以上の旗をはためかせることができた。そしてそれをインドに携えてもらった。
これからも旗は増え続ける予定だし。

けれど、ものすごく色濃いさまざまな気持ちが交錯して、自分のそんな気持ちをひとつひとつキャッチしているうちに、なんていうか、芯の部分が持ちこたえるのに必死になっていたのだった。次々と起こるカラフルな体験の中で、必死になっているよ、という叫びが聞こえなくて、ふと気づいたら、ぽっかり空白ができていた。

ひとりひとりにどう見られているだろうかと考えだしたらきりのない袋小路からも脱出しないといけなかったし。

そんなときにとても深刻なミスがみつかった。
大きな助成の締め切りをひとつ逃していたことに気づいたのだ。

あぁ、時間を巻き戻せたらどんなにいいだろう。

はっきり言ってめげた。そしてトゲトゲにスパークした感情をわが同志にぶつけてしまった。ごめん。

けど、今朝、とぎれとぎれに読んできた『凍』を読了した。

読み終えた瞬間、とても静かな気持ちが訪れた。私にもっとも必要だった一瞬の静謐。

そして、それを味わったのち、そうだ、この人たちみたいに、また前に進むんだ、そう思った。


(写真は今年の10月1日、アンナプルナトレッキングの2日目の朝、ヒマラヤの10の頂を眺めることができるプーンヒルにて撮影)


付記
山野井夫妻が瀕死の状況で日本に戻ったとき、彼らはその栄誉をたたえる複数の賞を受賞するが、何よりもうれしかったのは、尊敬する登山家のダグ・スコットから電話が入り、「いいクライミングだったな」と言われたことだったとある。その言葉がまた山へ向かう気持ちを呼び覚ましたと。

私も周囲の人の小さなひと言にどれだけ励まされ続けていることか。見守ってくれている人の存在、ものすごく大きい。