選挙から一夜明けて、息子が小学生だったころ、PTAの会に関わっていた頃のことを想った。
あの頃、この世界が急に息苦しくなってきていたんだった。
教育基本法改定。
貧困格差。
憲法改訂への動き。
この息苦しさの原因は何だろう。
母たちは集まって話した。
戦後、二度と過ちを起こさないために
生み出された現場を重視する教育基本法の素晴らしさ。
それが改訂されるってどういうこと?
国民投票法案の次にどういうことが起こるの?
大学院の社会学の授業に紛れ込ませてもらって、
新自由主義について知り、
いろんな講演会に顔を出してみた。

国際支援の根っこにあるものを子どもたち伝えたくて、
インドに学校を建てた学生たちにワークショップを開催してもらったことが
今のウォールアートプロジェクトの発端だ。

あのとき、みんなでいろいろなことを知りたくて、
そしてそれを伝えたくて、発信する会を
リスタートした。

そんな小さな会でも、実は軋轢があった。
PTAからは自主規制のように、
公平な立場を取らないとダメだ、とか、
ちゃんとふたつの意見を聞いて発表しなさい、
という“良識的”な声が聞こえ、
躊躇することもままあった。
夜中に電話やメールがきた。
なんでああいうメールって夜中なんだろう。
もっととんがらない方向転換もあったと思う。
けれど私たちにも意地があった。

そんな状況を知ってか知らずか、
先生たちが諸手をあげて応援してくれた。
校長先生がPTA総会でいい動きですね、と話してくれた。
ある先生がこの取り組みの素晴らしさを絶賛してくれた。
そして私たちは少しずつ自分たちのやっていることに確信を持つことができた。

今思えば、いろんな動揺があることを知って、
教師たちが応援してくれたのかもしれないと
気づいた。

有り難かったな。

あのときの軋轢や動揺。
思い出すとぞわっとすることもある。
ものすごい意地みたいなもので立っていた気がする。
平和でいたい、それだけだ。
できればとんがりたくないし、
無用な対立も避けたい。
だけど、仕方ないときもあるし、
避けていたら、ダメだったと思う。
信念が鈍化することは本当に怖い。

選挙から一夜明けて思ったことを書き留めました。