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「この絵がいつ終わるのかは、自分でもわからない。終わるのは今日の次の瞬間かもしれないし、期間中に終わらないかもしれない。
あー、きれい、と思った瞬間に終わる」

1日目、鉛筆の線が教室中を埋め尽くし、ところどころに色彩が添えられた。
2日目、さらに色彩が加わった。
3日目、教室中に広がり、重なっていった。
4日目、天井まで広がり、さらに重なっていった。
5日目、さらに重なっていった。椅子を置いて、絵を眺める時間が増えた。
6日目、教室の床に紙を敷き詰め、クレヨンで描くワークショップを行なう時間以外は、
オーディエンスを入れずに描いた。
7日目、午前中。「終わった」の声。

正直、途中公務であちこち出かけなくてはならなくて、
ドキドキしていたけれど、
始まりと終わりの瞬間に奇跡的に立ち会うことができて、本当によかった。

一心不乱。
亮さんが描いているときの姿をひと言で表すとしたら、
一心不乱。
汗だく。

途中途中、インドの先生たちは好奇心旺盛に、
これはなんだろう。
穀物が育っていく姿に似ているな。
などと言っている。
知りたがり。

子どもたちは、日々の格闘技にも似た制作風景に浸っているようだった。
決してたくさんではないけれど、
この絵が強烈に好きな子たちがいつもこの教室を訪れているような感じだった。

鉛筆画が教室全体に広がっていって、
ところどころに色が入り、
それは決して一カ所に固まらず、
あっちがもりもりしてきたと思ったら、
こっちに1本線が入り、
そしてまた別の場所に点点で別の色が入る、という、
常に全体を意識しているような、
特徴的な広がり方、重なり方だった。
そして徐徐に色と形が爆発していった。

今思えば、それはまるで、ミクロのバクテリアや菌糸から始まり、
あちこちで草が生まれ、
しかるべき場所に花が咲き、
そして樹が生い茂っていく「森」の創世のようだった。

完成の瞬間は、一面のスコール。
世界が祝福していた。
だから子どもたちはそこで遊ぶのが大好きだ。
勉強だってここですれば気持ちいいはず。
がんばれ、子どもたち。