IMG_2571
はっぱの葉脈や木漏れ日のカタチ、工事現場でみつけた道路標識のカケラなど、偶然が生み出した線への畏敬を
ドローイングという手法で表現し続けているヒラクさん。

2013年にインドに来てくれたアーティストでもある。
ドローイングペーパーを山のように抱えて
ワルリの村のあちこちへ行ってライブドローイングしていた。

夕日の沈むアラビア海
神の御座として信仰されるラクシュミ山
サボテンの森
川べりの遺跡の岩
子どもたちの裸足の足

はっとさせられる美しい線がいくつもいくつも生み出され、
インドの子どもたちを最高にワクワクさせて、
そして最後は燃やし、風となって世界へと戻っていった。
楽しかったな。

そんな彼が別の場所で息を吸って、
脈々と表現し続けていることがすごく嬉しい。
父親になって、
そして脈々と表現し続けている。

昨日六本木のShimaumaで行なわれた
限定25人の観客へ向けたライブペイント&トーク「Drawing Tube」では、
あのときからずっとつながって彼が
無意識の線を描き続けていることをしみじみ思った。

この世界におけるドローイングの根源的なありよう。
描くこと・書くことは、欠くこと。
この地上に尖ったものを突き刺して、
ぐっと引くこと。

何かを意図することなく、
TUBEのように無になって描くこと。

Drawing Tubeは、
その原初的な美しさとか感動を独り占めにしないで、
分かち合うこと
讃え合うことを目指す試みだ。

透明なミミズが空を泳いで、
誰かと誰かを空っぽのチューブでつなげていくんだ。
イノセントな透明なミミズ・・・

なんとも、素敵な試みだと思ったよ。